そんなこと、当たり前じゃないかー! と聞こえた気がします。が……。

わたくしごとではありますが、強度行動障害と言われている息子がいまして、その問題行動の激しさで、わたしはたぶん、ご迷惑をおかけした方達にとんでもない回数の謝罪をしてきたと思います。

その時の相手の対応は様々でしたが、それでわたしが奈落の底に穴を掘った時もあれば、人って暖かいと感謝したこともたくさんあります。

脱走癖がすごかった頃、警察にも何度もお世話になったし、学校や宿泊先では窓ガラスや電灯を割るし、ショートステイ先で人の大事な写真を破るし、原因はあるけど友達の髪を引っ張ったり叩いてしまったり、人前で奇声をあげたり……。

いやいや、そんな武勇伝はどうでもよくて……とにかく、何やら問題行動と言われることを息子がやらかす度に、怒られて、罵倒されて、陰口言われて、慰められて、そんな周りの対応は、どんなにうちひしがれた状態でも、親だから当然受け止めるわけです。

何が言いたいのかというと、ようするに、子どもの問題行動は全て親のやらかしということになることが多いんです。当然ですよね……ん? 当然ですか?

全部かというと、ちょっと違うと思うんです。言い訳だと言う人もいますが、ちょっとだけお付き合い頂ければ嬉しいです。

親はさすがに、それ、あなたのせいですよ!とは言えないんです

言われなくても、親は子どものことは自分の責任だと思っているわけです。だからこそ、謝り続けるしかできないんです。

昔、障害児を集めた絵画教室があったんですが、絵が好きな息子は喜んで通っていました。上手い、上手くないは別にして、息子が何かを生み出して嬉しそうに眺めているのを見るのが、わたしは嬉しかったんです。そんなわたしに、ある日新しく来られたボランティの先生からカミナリが落ちました。

絵の配色が暗い!声掛けもしないような酷い育て方をしているんだろう!!と、罵倒が始まったんです。いえ、指導された……のですかね……。その先生、我が家の暮らしを超能力で透視でもされたんでしょうか。

その直後、突然絵の講義が始まりました。明るい色はこんな色だから、とパステルカラーの3色だけを目の前に置いて「さぁ、塗りなさい!」「またこれで塗りなさい!」と、何枚も何枚も同じ色で塗ることを強要……いや、指導をされました。

けれど、そんな絵は息子が描きたかった絵ではありません。紙いっぱいに、色んな色を重ねて、深い藍色を作るのが息子の楽しみだったんです。それで、はじめて毎週通える場所になっていたんです。

深い藍色は、親が言葉もかけない酷い育て方をしたから……そんな指導が続く中、息子はキレてしまって、その人に画板を投げつけてしまいました。さらに、息子は泣き出してパニックになってしまったんです。

「ほら!あなたの子どもへの対応がこんな性格にしてしまうんですよ!しっかりしなさい!!」

今度はわたしへの指導が続いたのですが、わたしはその時、喉まで出かけた言葉を飲み込んだんです。

「いえ、この目の前の状況は、あなたが作っていますから!」

でもとっさにできることなんて、怯えて泣き叫ぶ息子を避難させる以外にはなかったので、わたしは言葉掛けもしない酷い育て方をした母というレッテルを受け入れた形になり、息子はその直後から、1年間は全く絵を描かなくなりました。その絵画教室とも縁が切れましたが、家で再び絵を描いてくれたときは、本当に嬉しかった!

同じような話しは、同じ立ち場のお母さん達からもよく聞きます。

子どもが人前で問題行動やパニックを起してしまったとき、親の心は大荒れです。実際、立っていることすら大変なくらいです。でも、子どもはパニックを起こしてしまったら、どんなに誘導をしようとしても満身の力で抵抗するので、思い通りに動かすのなんて無理な状態です。

そんな中で、トラブルが起こった時に、親切心なのか腹が立ってのことか、親に詰め寄る人もいます。また、冷たい視線や「親の育て方が悪い」と心の声が透けて見えることだってあります。

そんな時の「大荒れ」の心の中は、これ以上ない位吹き荒れます。でも、ポーカーフェイスを貫かなければなりません。これは何度も経験して、全く慣れないことです。

そんな時、誰かが子どもの前で怒ったりすると、その声に子どもが反応してしまって、パニックがさらに収まらなくなります。もちろん「大丈夫?」と声をかけて下さる人もいるんですが。

けれど、そんな状況に陥ってしまうと、どんな言葉も子供にとっては火に油状態です。そうなると、もう親に残された選択肢は、ぶっちぎりで子どもを抱えて逃げるしかありません。逃げながら「このパニックの火付け役はあなたでしたー!」と捨て台詞を心の中だけですることになります。

でも、それすらできないときは、耐え忍ぶ以外に方法はありません。とにかく、早くその場を収めなければならないので、ひたすら謝ることになります。

そんなふうに、親は「最低の親」のレッテルを、実は何度も受け入れています。

もちろん、助けようとしてくれる人達に対しては、宇宙いっぱいに「ありがとー!」と叫びたいくらいです!(本当です!)

環境や状況がパニックを誘発すること、説明が難しいんです

パニックの原因は様々です。親はさすがにそのことは身にしみて分かっています。確かに親のせいの時もあります。でも、実は環境や別の要因の方が多いのは、あまり知られていないように思います。

そもそも、「親のせいだ」と言われた時点で、ほとんどの親が諦めてしまいます。言っても理解してくれないだろうと、最初から思っていることがほとんどだからです。

障害の特長として、過敏過ぎる触覚や聴覚や色覚、見えない気圧や光や風を、子ども達はいっしょくたんに受け取って処理ができないのです。その中のどれもこれも、律儀に体が無視することができないのです。

親はその時の要因となった環境や状況を、説明するのが大変であること、言い訳と言われてしまうだろうと先を読んでしまって、もう事が起こっているその場であっても説明することを諦めることがほとんどです。

『周りに迷惑をかけないために!』「すごく嫌いな音が聞こえて脳の中で拡大されてしまうけど、その苦痛を我慢しなさい」「光なんか見ないでおきなさい」「色が見え過ぎて(あるいは特定の色が目に入り過ぎて)脳みそクラついても脳に気にするなって言いなさい」「気圧なんかど根性で乗り越えなさい」「暑さも湿気も、心頭を滅却すれば火もまた涼しよ!」とか……こんな躾?できたらすご過ぎです。

子どもが神仏の域に入れれば何とかなるという感じですね。でも、子ども達は結構その特性のために辛いはずなのに、本当に頑張っています。神仏の域とはいかなくても、毎日修行しているようなものです。

それでももっと修行を積め!となったところで、終りなんか見えません。修行で苦痛が楽に変わるはずもないからです。

ただ、あまりにもトラブルになれば、子どもが少し落ち着くのを待ってもらって、それから説明することもあるでしょう。親だってトラブルを放置したいわけではありません。

けれど、案外子どもは自分のことを言われていることがわかっていて、どうすることもできずに傷ついて、ますます大泣きしたりします。敏感ですから。

親達の中には、そのトラブルを最初から避けるために、人のいない夜の公園で遊ばせたり、人が少ない雨の日に外で遊ばせたりすることもあります。問題行動の多い子ども達だって、外に出かけるのが大好きなんです。

乗り物に乗るときも、親は子どものあんな時、こんな時の対応に、色々想像を巡らせて、かなり準備して乗り込みます。でも、中が暑かったり人の声が多かったり、環境に負けることが多々あります。

通院したり療育に通ったり、乗り物で移動しなければならないこともあります。公共機関には優先席があるくらいなので、乗り物の会社だって乗車拒否はしていないわけですから、理解してもらえたらいいなぁと思います。

理解をしてくれる人が少しでも増えていけば、言い返すこともできなかったことが、言い返す必要もなくなるんじゃないかな……と思ったりします。

世の中にある事象は原因があるのですが、その原因が親の躾で、結果が子どもの問題行動だという話しになりがちです。

でも、本当は原因は別にあって、その結果がパニックという形になることを知ってほしいんです。でも、それってどんなことでしょう。

実は、親の躾ではどうにもならないことの方が多いんです。

毎日のお天気の変化もその一つです。雨の日は頭痛を訴える人は多いようですが、その感じ方が10倍くらいだと思ってみて下さい。痛さというより、あの不快感です。

街に出ると、色んな音を全て聴覚が取り込んでしまいます。工事現場で隣の人が話しかけてきても、聞き取り辛くても脳が整理整頓してくれて、人の声だけを集めて聞こえるようにしてくれます。でも、これも躾ではどうにもならないことで、子ども達の聴覚は音を全て取り込んでしまう上に、必要な音だけを取り出す処理を脳がやってくれません。

同じ状況を経験しているおとなが教えてくれたのですが、わーーーっっっ!と叫びたくなって、死にたくなるそうです。どんだけ辛いんでしょう。でも、その中でも必死に音を拾っていこうとします。本当に健気です。

暑い日や湿度などで不快な日にも、誰でもイライラすることもあると思うのですが、赤ちゃんや小さい子どもも、体に熱が籠ったりして泣いて訴えることがあります。同じことが障害を持っている子ども達にだって起きます。

けれど、障害が本人の伝えたいことを難しくしてしまっているために、暑いから何とかしてと言えないことが多く、どうしようもなくなって、それがパニックにつながってしまいます。

公共の交通機関に乗って、その時の暑さや、空気の悪さや、人々の声に反応してしまってパニックを起すこともあり、親切で声をかけて下さる方もいますが、怒って怒鳴る人もいます。ただ、そのどちらも、その声でますますパニックを助長してしまったりもするんです。

躾でできることならやってます。躾でパニックがなくなるなら、それ以上に良いことはないからです。でも、パニックは躾とは何の関係もないのです。

結局親達は、それまでの経験上、分かってくれる人達はほとんどいないだろうと判断してしまうことが多いのです。

そうなら、乗り物に乗るなという人もいますが、そんなこと、生活をしている上で難しいに決まっています。だから、気軽になんてことはなく、意を決して親子で乗車するんです。

それに、このような子ども達にだって、乗り物に乗る経験はとても大事ですし、もともと快適であれば、乗り物に乗ることが大好きな子だっています。それも親は分かっているから、将来ちゃんと乗れるようになるために、少しずつ練習していることだってあります。

本当は、こうしてほしいんです……

親は子どもがどんな時にパニックになるか分かっています。それでも避けられないときは、それ相当の理由があります。

だから、今、パニックを起こしている障害をもっていそうな子どもが目の前にいたら、きっとそれは、目に見え辛い何かしらの原因があったんだろうと理解してほしいです。

たぶん、親は周りの視線に耐えて、子どもへの対応をしているはずです。それが、本人のパニックを助長させないために、敢えて声をかけずに静かに収まるのを待っていることもあります。もちろん、平気でその場にいる親なんかいません。

親として、人の非難の目や言葉を必死で耐えます。そうしないと、逆に子どものためにならないと思っているからです。言い返している余裕もないし、とにかく子どもを落ち着かせることに集中しなければなりません。

ですから、静かに見守って頂けたら嬉しいです。そして、その時にその場所で静かに孤独に戦っている親に対して、見守るから大丈夫だという表情でいてもらえたら、親達は子ども以外のところで、心理的に戦う必要がなくなって、安心して子どものパニックと対峙できます。

納得できる修行なら頑張れます。人を頼ってばかりもいけないので、宇宙に向かって「ありがとー!」と叫ぶことをしてもらったら、自分も叫んでもらえるくらいに成長しないといけないとも思っています。

宇宙が「ありがとー!」でいっぱいになればいいなぁ。

ところで、最近メディアでも取り上げられているイラストレーターのたきれいさんが、Twitterでとてもいいツイートと、お助けグッズを作成して紹介されています。

イラストで障害について、またパニックについても、このブログよりもわかりやすく解説して下さっています。

ぜひ、目を通してみて下さい。その中に書き込まれたコメントで、発達障害の子どもと親に対しての炎上したツイートもぜひ見てみてください。あなたは、どんなふうに感じるのでしょうか。

それにしても、たきさんのオトナな対応がスバラシ!

いやぁ、すごい人です。わたしも見習いたい……できるかな?(汗)

情報いっぱい!解説いっぱい!→(たきれいさんのTwitter)→@takirei2

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