わたしの息子は最重度の自閉症という障害を持っています。自閉症とは、出生前の診断で明らかにすることはできません。出生前に診断できるのは、ダウン症などの染色体異常や遺伝子の異常についてです。

異常が見つかった胎児の場合、今では9割を超えたお母さんが中絶を決断します。

中絶を決断したと言っても、安易に決断するはずがありません。わたしも母親なので、どんな思いでの決断だったか、それまでの想像を絶するほどの葛藤が痛いほど解ります。

育てる自信がない、生まれた子どももかわいそう、周りが認めないなど理由は山程でしょう。

なぜ障害を持った子ども達がこの世に生まれることが難しいのか、そして、もし障害児が生まれたら、親は、家族は、そしてその子自身も不幸なのか……。

今こそ語ろうと思います。重い障害を持った息子と歩んだ日々が、わたしを幸せにしたのか、不幸にしたのか。

そして数えきれないほどの息子との葛藤や経験から、今の私の思いをどうか知って頂きたいのです。

結論から言います。きれいごとではなく、わたしは不幸ではありません。

息子との歩みは、一言では語り尽くせないほどの凄まじい時期もありました。親子でワンワン泣いた日だってある。正直心や体が傷ついたことだってある。

けれど、今、目の前の息子の笑顔を見ていると、わたしは本当に幸せです。

子どもを産む瞬間は、とんでもない痛みと戦います。もう二度と産みたくないと思うほどの痛みは、その子の成長とともに過ごす時間が忘れさせてしまいます。そして更に、その痛みを再び繰り返すことができるんです。

同じなんです。障害を持ったわが子との日々は、確かに悩んだり大変なことはたくさんあるけれど、しんどかった「あんなこと」「こんなこと」の辛さは、わが子の成長とともに薄まっていくのです。

そして、今のわたしは、武勇伝のように笑いながらそれらを語れるようになりました。

最初に、わたしは不幸ではありません……と書きました。ここで「幸せです」と書かなかったのは理由があります。わたしがいくら幸せと思っても、周りがそれを認めて受け入れてくれない限り、本当に幸せとは言えないからです。

わたしと息子の周りの人達すべてが、手を広げて受け入れてくれた時、本当に幸せだと言える日が来るのです。

残念ながら、まだまだ世の中には息子を受け入れてくれない人達はいるのです。その部分が、わたしの不幸なんです。

この世の中からすべての障害者がいなくなったら、人は幸せなのか

もし、今は出生前診断ができない自閉症や全ての障害が、医学の進歩によって将来生まれる前にすべて分かるようになってしまったら……。そして、すべての母達が中絶を決心して、障害児が生まれなくなるとしたら……。

これはかなり問題があって、絶対にあり得ない話しなのですが、例え話として考えてほしいのです。

ちょっと覚悟のいる話しです。ばかばかしいと突っぱねないで、冷静に障害者のいない世界を例えるための話しですので、少しお付き合い下さい。

出生前にすべての障害が判って、その子ども達が淘汰されてしまったとします。また、出生後の事故や病気で障害を持った時、その子ども達も淘汰されれば、子どもの世界で障害児が消えます。

では、大人は? 事故や病気で障害を持ってしまったことで、周りが介護に自信がなくなったら?

どんどん年をとって認知症になって、すっかり子ども返りしたら? 介護が大変で疲弊することが目に見えてしまったら?

実はこの世は病気や障害を持った人だらけで、まったく健康で元気な人だけがこの世に残るとしたら、いったいどのくらいの人が生き残ることができるのでしょう。

ごめんなさい。変な話しをしました。でも、障害は誰でも持ってしまう可能性はあるし、あの人は障害者だと思って見ていたのに、明日は人からそう見られるかも知れないんです。

この世から障害者がいなくなる……あり得ないと思うし、幸せどころか恐ろしい話のような気がしてなりません。

「産まない」ではなく「産む」という決断ができる日

重い障害の息子の下には、4つ下のもう一人の息子がいます。その子が小さい頃、自分の兄のことを作文に書きました。その中の一文です。

「大丈夫、みんなで育てよう! そうまわりが言えたなら、どんな赤ちゃんだって生まれてくることができます」

正直泣けました。次男は、わたしよりも兄の障害を受け入れていると思いました。

人権作文のコンクールで参加賞だったこの作文を、息子の通う福祉施設のスタッフ達がみんなで回し読みしてくれて「これこそノーマライゼイションだ! 福祉は人だ!!」と感想を言ってくれました。

今は色んな事情から「産まない」を受け入れざる得ないくても、いつの日か「みんなで受け入れる」日がくればいい……そう心から願います。

息子が教えてくれたこと。だから産んでよかった!

息子の武勇伝は、それはそれは強烈で面白く、話しのネタにはもってこいです。散々振り回されて来た日々ですが、何より息子が教えてくれた、大事に大事にしたいことがあります。それは……

「笑顔はうつる!」

息子がまだ小さい頃、息子と何気なく目が合ったときに、わたしは息子にフッと笑いかけたんです。それを見て息子は一瞬「!」という表情をして、すぐさまわたしに笑顔を返してくれました。

その日から、わたしは息子の笑顔見たさに笑いかけるようになりました。笑顔はうつる。その瞬間が、たぶん一番幸せに感じる時です。

重い障害を持って生まれた息子を産んで育てたこと……それは、わたしの宝物です。

言葉を持たない息子自身は、本当は幸せなのか不幸なのか、それを確かめることはできません。けれど、きれいごとではなく、息子も、息子との時間もずっと大事にしていきたい。

そして一番望むことは、障害があろうがなかろうが誰もが受け入れられる世の中になってほしいということ。だって……

「大丈夫、みんなで育てよう! そうまわりが言えたなら、どんな赤ちゃんだって生まれてくることができます」

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